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2014年04月25日

目に見えぬ神の導き

九頭竜弁財天大神様は人生を幸いにお導きくださる慈悲の女神様です。目には見えませんが確かに存在しておられます。信仰生活を続けておられると必ずや実感なさることかと存じます。


いくらこの果物は美味しいですと申し上げても、実際に食したことがない方にはどうしてもその味は正確には伝わりません。それと同じように、信仰の素晴らしさも、実際に体験なさらなければなかなかお分かりいただけないのではないかと思います。


九頭竜弁財天大神様に真剣に向き合い、見返りを求めず、内省し、感謝の心を持って信仰生活を続けていけば、『心の器づくり』がすすんでゆきます。「心の器」が大きくなってゆくと、九頭竜弁財天大神様より一層幸いにお導きいただくことが出来ます。九頭竜弁財天大神様は私たち人間が想像もできないような高い見地から人生を幸いにお導きくださいます。本当に思いもかけなかったようなところから道が開けてゆく、そのような九頭竜弁財天大神様からのお蔭をいただかれた方々は本当に多いですし、何十年も信仰生活を続けておられる方々も少なくありません。


どうか九頭竜大社にお参りされるにあたっては、九頭竜弁財天大神様と真剣に向き合い長く信仰生活を続けてゆかれる、そのようなお気持ちでお越しいただきますれば幸いに存じます。何か強いお願いごとがあるときには毎日、毎週のようにお参りしていたけれども、願いが叶った、あるいは願いが叶わなかったということでぱったりとおいでにならなくなる、そのようなことは望ましいことではありません。九頭竜弁財天大神様はいつも一人一人の人生を幸いにお導きになろうとお力を発揚しておられます。ですから、願いが叶ったあるいは叶わなかったその出来事の後の心の持ち方こそが大切なのだと思います。


1ヶ月に1回、ご遠方の方でしたら数ヶ月に1回でも結構でございますので、何度も何度もお参りになる、そうしてゆっくりと時間をかけて『心の器づくり』をすすめ九頭竜弁財天大神様に幸いにお導きいただく、九頭竜大社はそのようなお社なのです。





  


Posted by 九頭竜大社  at 14:39Comments(0)

2014年04月21日

春の大祭

九頭竜大社は毎月24日が祭典日です。そのうち4月が春の大祭、11月が秋の大祭です。


昨日4月20日には、敬神会の方々のご奉仕により、境内中央に護摩壇が設けられました。
4月24日当日は正午からの本殿祭に引き続き、この護摩壇にて大御火焚式が執り行われ、ご参拝の方々の災厄消除・念願成就をご祈願申し上げます。


九頭竜大社は御発祥の日が、昭和29年11月24日です。その翌年の11月24日に祭典が行われてから今日に至るまで毎月24日に祭典が行われています。


毎月24日が九頭竜大社の祭典日です。祭典開始時間は午後2時であることが多いですが、4月24日の春の大祭は正午から行われるように、月によっては若干異なる場合がありますので、神社にお問い合わせいただきますれば幸いです。


是非24日、お祭りの日にもお参りください。九頭竜弁財天大神様よりの一層の御加護、お導きがいただけるものと存じます。


  


Posted by 九頭竜大社  at 10:50Comments(0)

2014年04月17日

運気の波

人間には確実に運気の波があるのではないかと感じます。


有名なスポーツ選手や俳優の方々をテレビ等で拝見いたしておりましても、どんなに一流とされる方でも、大変によい成果をあげ脚光を浴びる年、おそらく例年通り頑張っておられるのに今ひとつ成果に恵まれずあまり注目されない年があるように思います。


『心の器づくり』をすすめてゆくにあたっても、今の自分自身の運気の波をとらえることはとても重要なのではないかと思います。今は運気が上がっていて物事が前にすすんでゆきやすいときなのか、運気が下がっていてすこし慎重にすすめるべきときなのか。ある程度年齢を重ねると何となく自分のパターンのようなものが見えてきたり、何か最近とんとん拍子に物事が進む、あるいは逆に今一つ上手くいかず滞りがちである、そんなことを感じることが多くなるのではないかと思います。


運気の波が上がっている時は、やはり結果が出やすいと思います。しかし、そういう時ほど決して慢心せずに、謙虚に次に備えるべきかと存じます。慢心は「心の器」を小さくすることに他なりません。

運気の波が下がっている時は、物事がやや滞ることがあるかもしれません。しかし、そういう時は、今は運気の波が下がっている時なのだととらえ、あまり今までやったことがなかったような新しいことには手を出さずに、足元を見つめなおしてみるべきなのではないかと存じます。ときには立ち止まり足元を見つめなおしてみることも「心の器」を大きくしてゆくことにつながるのではないかと存じます。


自身の「運気の波」をとらえて生活をすることも『心の器づくり』につながります。
『心の器づくり』がすすんでゆくと、九頭竜弁財天大神様に、より一層幸いに人生をお導きいただけるものと存じます。


今回もご覧くださりまことにありがとうございました。


  


Posted by 九頭竜大社  at 09:53Comments(0)

2014年04月14日

思い切り

「思い切り」ということも『心の器づくり』にとってとても大切だと思います。


九頭竜大社では、何事も肯定的にとらえて前向きに考えてみることが『心の器づくり』につながると考えています。
前向きで積極的な心の持ち方をするのか後ろ向きで消極的な心の持ち方をするのか。これは明らかに前者のような心の持ち方で生活をしているほうが『心の器づくり』はすすんで参ります。


何か試練や問題に直面したとき。こういうときに過去にうまくいかなかったから今回も難しいと考えてあまり気のりがしない、という方々は結構多いのではないかと存じます。しかし、過去の状況と今の状況、過去の自分と今の自分は、時が流れいている以上やはり確実に違うのですから、過去にうまくいかなかったからといって、そのことばかり思って後ろ向きになってしまうことは、大変もったいないことではないかと思います。やはり、「やってみなければわからない」ということも紛れもない真実なのではないでしょうか。


「やってみなければわからない」といっても、やみくもにつきすすむのはいけないことですし、しっかりと目標を絞って、過去に失敗があるならその反省を生かして慎重にことにあたることは申し上げるまでもないことかと存じます。さまざまに熟考して、こうしよう、と決めたならば、そこは「思い切り」よく前向きな心をもってすすんでゆくべきではないでしょうか。


もちろん何かを新しくはじめれば、何かが返ってくるわけで、プラスの面もマイナスの面もいろいろと出てくるかと存じます。時には全くうまくいかないということもあるかもしれません。しかし、マイナスの面が出てしまったとしても、そこから何かを学び取って次に生かすんだと、やはりそれぐらい「思い切り」よく前に進んでいかないと何も生まれないですし、『心の器づくり』もすすんでゆかないのではないかと思います。


偉そうなことを申し上げておりますが、今回も自戒の念を込めて綴らせていただいております。
前向きな気持ちをもって「思い切り」よく前に進む、そういった心も九頭竜弁財天大神様に通じ、より幸いにお導きいただけるものと存じます。


今回もご覧くださりまことに有難うございました。  


Posted by 九頭竜大社  at 08:52Comments(0)

2014年04月10日

人生にはどこかにおちがある

皆様方お一人お一人さまざまなお気持ちをもってこの新年度をお迎えのことと存じます。

九頭竜大社開祖大西正治朗は、生前、次のように申しておりました。


どうしてもこういうことがやりたいと、そんなことが世の中にたくさんあるのですよ。信仰をしているとその執着に捕らわれなくなります。こらもう神様がやめとけと仰っているんだから無理して行くことは無いんじゃないかと。そりゃ行きたいことは行きたいけれども無理せんでいいぞと。行けたら幸せだし、行けなかったらちゃんと神様がなんかおちがあるんだとこういう風に。人間というものは執着というものに捕らわれ過ぎておりますとね、そこに人間は不幸を招きます。

『開祖先生 御親話会集』九頭竜大社発行40頁より引用


世の中でいう「いい学校」「いい会社」「いいところ」にどうしても行きたいと思う。もちろんその通りに希望が叶えばそれは素晴らしいことです。しかし、もしその希望通りには叶わなかったとしても、なにもそれにこだわって無理をしなくてもいいのですよ。希望通りに世の中でいう「いい学校」「いいところ」に行けなかったとしても、そのことで劣等感を持ったり、心を曇らせたりする必要はないのです。九頭竜弁財天大神様を信仰し『心の器づくり』をすすめていけば、「いいところ」に必ず行かなければならないというような執着に捕らわれなくなります。九頭竜弁財天大神様は必ず幸いな方向に守りお導きくださいます。心を曇らせることなく、前向きに努力し、『心の器づくり』を一歩一歩すすめてゆけば、必ずやあなたにとってふさわしい場所にお導きくださいます。人生には何かそういうおちがあるのです。と、私自身はこのように理解し、心の支えにいたしております。


今回もご覧くださりまことに有難うございました。
  


Posted by 九頭竜大社  at 09:03Comments(0)

2014年04月07日

さらさらと受け流す

生きていれば当然のことですが、さまざまにいやなことを見聞きしなければならないことがございます。


しかし、そのようなときに、本気で腹を立ててしまったり、気持ちをくさらせてしまったりしても、自分自身の調子、運気を下げてしまうだけで、いいことはないのではないかと思います。『心の器づくり』もなかなかすすんでゆかないのではないかと思います。


九頭竜大社の祭典にて奏上される「天地清浄の祝詞」の一節に次のようにございます。

「目に諸々の不浄を見て心に種々の不浄を観ず 耳に諸々の不浄を聞きて心に種々の不浄を聴かず」

いやなことを見聞きしても、心まで毒されてしまうことなく、さらさらと受け流していきましょう、そして、一歩一歩『心の器づくり』をすすめていきましょう、と、このようにこの一節を理解いたしたく存じます。


九頭竜大社の教えの中には、何か特別な修行をするという類のものはございません。(基本的なお参りの作法などはございます)
九頭竜大社の教えでは、日常生活のなかで、いかに『心の器づくり』をすすめてゆくかということを大切に考えております。日常のなかで、如何に心を乱さずに、落ち着いて、前向きに『心の器づくり』をすすめてゆくことが出来るか、そういうことが問われているのではないかと思います。


九頭竜大社の教えはさまざまに表現が出来ます。
今回は、世の中でいやなことやネガティブなことを見聞きしても、そのことで自分の心まで毒されてしまうことなく、さらさらと受け流していきましょう、という教えに触れさせていただきました。


今回もご覧くださりまことにありがとうございました。







  


Posted by 九頭竜大社  at 08:49Comments(0)

2014年04月04日

目に見えない世界

新年度を迎えました。


人間の運勢は二月四日ごろの立春から大きく変化しますが、この四月も、新年度がスタートするとても大切な時になります。


希望に胸をふくらませておられる方、何か少しもやもやした気持ち、どこか悔しい気持ちを持っておられる方、特に何も感じないという方、人によって様々だと思いますが、やはり大事な節目。新しく前に進んでゆかなければならないと思います。


これから何か壁に当たったとき、人との関係に苦しんだとき、そのようなときこそ『心の器づくり』をすすめる絶好の機会になるはずだと思います。とにかく物事は前向きにとらえていきたいものです。あくまで若輩者の私の感覚に過ぎませんが、何か問題に直面しなかなか解決が出来ず悩んだときは、その問題とは直接関係のないことをきちんとすると、今の問題が少しずつよい方向にすすんでゆくものだと感じております。


たとえば自宅の玄関や便所の掃除をはじめてみる、意識して身の周りを整理してみる、夜寝る前には必ず「神様、本日も守りお導きくださいましてありがとうございました」とお祈りして休む、などなど。このような行いは、人が見ていないところで行うものです。しかし、このように人が見ていないところの行いをきちんとすると、不思議と直面していた問題もよい方向に向かってゆくのです。きっとこのような行いは、「目に見えない世界」「神様の世界」に通じ、そのような世界からの導きがいただけるのではないか、と感じております。


九頭竜大社で奉仕いたしておりますと特に、目に見えない神の世界が存在していることを日々実感いたします。


本年度も謙虚な気持ちを忘れずに日々一歩一歩『心の器づくり』すすめていきたく存じます。


今回もご覧くださりまことに有難うございました。





  


Posted by 九頭竜大社  at 09:35Comments(0)