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2014年07月28日

出張祭典のおはなし

今回は九頭竜大社で行っている出張祭典について綴らせていただきます。


実はこの出張祭典、意外によく知られていません。
文字通り、神職がお申し付けの場所に出張し、そこで祭典を執り行うわけです。
では、どのようなケースに、出張祭典が行われるのか?


地鎮祭
地鎮祭はよくお申し付けいただくことがございます。
土地を購入され、新しく家屋をお建てになる前に、その土地に九頭竜弁財天大神様をお迎えし、土地の四方を祓い清め、今後の工事の安全、完成後の新居が代々栄えゆくよう、祝詞を奏上申し上げてご祈願申し上げます。


家屋清祓祭典 事務所清祓祭典
これらの祭典は、転居をされたり、新しい場所に事務所を開かれたりする際にお申し付けいただきます。
また、少し運気の流れが悪くなってきたとお感じの時に、験直しとしてお申し付けになることがとても多いです。
いずれも、九頭竜弁財天大神様をお迎えし、知らず知らずのうちにその場所にたまってしまっている穢れを祓い清め、祝詞を奏上申し上げて今後の弥栄をご祈願申し上げます。


社運隆昌祈願祭典 除災招福祈願祭典
会社を営んでおられる方々が、朝礼などの際にお申し付けになることが多い祭典です。
九頭竜弁財天大神様をお迎えし、お祓いをし、祝詞を奏上してご祈願申し上げます。
毎年決まった時期に必ずお申し付けになられる方々もおいでになります。


ほか、ご希望の出張祭典を、ご相談のうえ承っております。
詳細は、九頭竜大社公式HPをご参照ください。


人生の節目のようにお感じになられるような時には、是非、出張祭典をお申し付けいただければと存じます。


今回もご覧くださりありがとうございました。


九頭竜大社の出張祭典については公式ホームページでもご紹介していますので、ご興味のある方はご覧ください。

  


Posted by 九頭竜大社  at 09:12Comments(0)

2014年07月21日

宇宙からのいただきもの

今回は「宇宙からのいただきもの」というテーマで綴らせていただきます。


諸説あるかとは存じますが、現在の宇宙は、今から約138億年も前という、遥か遥か遠い、気の遠くなるような大昔に誕生したといわれています。地球が誕生したのは約46億年前。生滅、盛衰を繰り返し、現在に至っているわけです。


私たち一人一人のことを考えてみますに、誰もが、この宇宙の誕生のときより、いやその誕生以前よりの無数の縁が結ばれてきたことにより、この世に生を受けているのです。ですから、私たちは誰しも、この宇宙の歴史の、無数の御縁の世界の頂点に立って、人生を歩んでいるのだと思います。命は宇宙からのいただきものであり、だからこそ、「重く尊い」といえるのだと思います。


日々の悩みに向き合うことは、とても大切なことだと思います。しかし時には、如何に命は重く尊いか、そんなことを考えてみることも大切なのではないかと思います。「命は宇宙からのいただきもの」そう考えてみれば、他人と優劣を比べ、心を乱し、いらぬ悩みを作り出すことが如何に虚しいことか、そう思えるようになるのではないでしょうか?人間に才能の優劣、能力の優劣、境遇の違いがあるのは厳然とした事実ですが、宇宙からいただいている命の重みは、間違いなく「平等」なのです。


九頭竜大社では『心の器づくり』をとても大切に考えております。
長く信仰生活を続け、様々なことがおこる日常の中でも、心乱さず、感謝の心、明るく穏やかな心で生活をする努力を重ねることにより「心の器」は大きくなってゆきます。「心の器」が大きくなってくると、大宇宙の法則に基づいた慈悲の女神である九頭竜弁財天大神様に心が通じるようになってゆきます。すると、少々のことで心煩わされることなく、九頭竜弁財天大神様より、いよいよ人生を幸いにお導きいただけるようになるのです。


今回もご覧くださり有難うございました。




  


Posted by 九頭竜大社  at 08:46Comments(0)

2014年07月14日

お守りのおはなし

お守りは決して粗末に扱われることなく、身のそばで大切におまつりいただきたく存じます。(かばん等に結んでおまつりいただいても結構です)
そして、可能ならばおよそ一年で新しくお守りをお求めになることをお勧めいたします。(古いお守りは境内にある古神札納所にお納めください)


なぜお守りを粗末に扱ってはならないのか?
それは、お守りには九頭竜弁財天大神様の強いお力が込められているからです。神職が一体一体に御祈願を込めております。
決して、普通のアクセサリーのような感覚で扱ってはなりません。
実際、身のそばで丁重にお守りをおまつりいただいていると、魔を除けていただいたり、思わぬ障りごとが起こる前にタイミングを外していただいたりということがしばしば起こります。信者様方のなかには、お守りをおまつりすることにより、不思議な大神様のお助けをいただいたと実感なさっておられる方々が多くおられます。
(お守りをどのように奉製し皆様方にお授け申し上げているかは、九頭竜大社公式HPでご紹介いたしております)


なぜ一年でお守りを新しくするのか?
先ず九頭竜弁財天大神様に一年間お守りいただいたことに感謝申し上げる、そういう気持ちが大切です。
そして新たな気持ちで、新しく、大神様のお力が込められたお守りをお求めいただくのです。
九頭竜弁財天大神様に感謝の心をささげ、気持ち新たに次の一年に向かってすすんでゆく、そのような自然なリズムをつくることが、『心の器づくり』につながるのではないかと思うのです。


九頭竜大社でお授けいたしておりますお守りについて綴らせていただきました。


今回もご覧くださりありがとうございました。


九頭竜大社のお守りについては公式ホームページでもご紹介していますので、ご興味のある方はご覧ください。

  


Posted by 九頭竜大社  at 08:42Comments(0)

2014年07月10日

神の実在

九頭竜弁財天大神様は実在しておられます。
無限に人を救い、人生を幸いに導こうとされる慈悲の女神様です。
はっきりと断言することが出来ます。


何か人智を超えた大きな力がはたらくことがあり、そこに神々の存在を直感される方々も多くおられるのではないかと思います。私も20代前半くらいまでは、「人智を超えたような大きな力、慈悲深いはたらき」が「神」なのではないかと漠然と考えておりました。もちろんこのような考え方は間違いではなかったと思います。

ただ、今になっては、九頭竜弁財天大神様は個性豊かな女神様であり、実在しておられ、今まさに人生を幸いに守り導こうと、大きな慈悲のお力を発揚しておられるという事実に、はっきりと気づかされました。


「なぜそんなことがいえるのか」とおっしゃる方々はもちろんおいでではないかと思います。
残念ながら「これこれこういうことだから、神様は実在しておられるといえるのです」というように、理路整然とご説明申し上げることはとても難しいです。このようなことは、神様に手を合わせる生活を続けるなかで、さまざまな出来事に遭遇するなかで、感じ取っていくものではないかと思うのです。


何十年も信仰生活を続けておられる信者様のなかには、開祖の言葉や人徳に触れ、九頭竜弁財天大神様の実在を確信された方々もおられます。また、奇蹟ともいえるような大神様からのお蔭をいただき、信仰を深めてゆかれる方々もおられます。


私自身は、やはり開祖の孫として生まれ育ちましたので、その影響はとても大きかったと思います。また、人生の転機において、本当に九頭竜弁財天大神様にお助け、お導きいただきました。実は大神様にお導きいただいているという事実は、その悩みの渦中にいるときには分からないことが多いのです。何年もの時がたってから、「ああ、あの時神様は守っていてくださったのだ。私をよい方向に導いてくださったのだ。」と気づかされるのです。その時々の私の能力、状況、考え方などに応じ、実に巧にお導きくださったことに気づかされるのです。私自身はそんなことが何度も何度もございました。そのようなことを通し、慈悲深い女神、九頭竜弁財天大神様の実在を確信いたしました。


信仰生活を送るに当たってまず大切なことは、心の底から九頭竜弁財天大神様の実在を確信することではないかと思います。目に見えない神様の実在を確信することが、本当の意味での信仰生活、『心の器づくり』の第一歩であるはずだと思うのです。


今回もご覧くださりまことにありがとうございました。








  


Posted by 九頭竜大社  at 14:29Comments(0)

2014年07月07日

他人からはどう見えているか

他人から自分はどのように見えているのか?


私が九頭竜大社に奉職する前のことですが、ある人から概ね次のようなことを聞いたことがございます。


「自分は、一生懸命に頑張って何とかいい大学に入ることができた。しかし、その大学に入ってみたら頭のいい人間なんていくらでもいた。そういう人達の中では、どんなに頑張っても平均点ぐらいしか取れないんだ。卒業して就職してみても、毎日毎日しんどいことばかりだ。自分はさほど容姿がいいとも思えない。あまり友達もいない。きっと魅力がないんだ。面白くないことばかりだ。」


私は長時間、ただただその方のお話しをお聞きしておりました。


その方がおっしゃるいい大学とは、全国でも屈指の一流大学です。少なくとも私の頭では、逆立ちしようが入ることが出来ない大学です。私からしてみれば、そんな「いい大学」に入ることが出来、きっちりと卒業しているということだけでも「すごい」ことなのです。
また、その方は、「自分には魅力がない」と悩んでおられるのですが、これも私からみれば、本当に頭がよく(単にいい大学を出ているという意味だけではなく)仕事が出来、思いやりの心にあふれた、実に魅力的な人物なのです。


つまり、私はその方のことを、本当に努力家で、頭がいい人で、仕事が出来、周りへの思いやりの心にあふれた素晴らしい人だ、と思っているのですが、その方は自分自身のことを、自分なんていくら努力をしたって大したことはなく、魅力のない面白くない人物だと思い込んでいるわけなのです。


あまり気づかないだけで、このようなことは日常、よくあることなのかもしれません。


自分には何かが足りない、上手くいかない、充実しないと思っていたとしても、他人から見れば本当にうらやましい、何と恵まれた環境にいる人なんだと、そんな風に思われていることがあるかもしれません。「つまらない。面白くない。」と思う前に、少し視点を変えて、自分のことをよく見てみることも大切かもしれません。


「つまらない。面白くない。」と思って毎日を送っていても、なかなか『心の器づくり』はすすんでゆきません。
ときには、他の人からは自分はどのように見えるのだろうか、自分にはどんな素晴らしい点があるのだろうか、そんなことを考えてみることもよいのではないかと思うのです。すると、自分自身の強み、持ち味のようなものが見え、すすむべき道が開くかもしれません。


他人から自分はどのように見えているのか、というテーマで綴らせていただきました。


今回もご覧くださり有難うございました。














  


Posted by 九頭竜大社  at 08:51Comments(0)