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2014年08月25日

心のあざ

「心のあざ」とは?
様々に考えることが出来るかとは存じますが、読んで字の如く、人生を歩んでゆくうえにおいて作り出してしまう心のしこりと考えるのが自然だと思います。
九頭竜弁財天大神様は、この「心のあざ」を取り除いてくださる慈悲の女神様なのです。


九頭竜大社には、「心のあざ」の痛みに苦しまれている方々にこそ、何度も何度もお参りいただきたいのです。
九頭竜弁財天大神様は、必ずや幸いにお導きくださり、「心のあざ」を取り除いてくださいます。


お参りになり、本殿を9回まわるお千度をなさってみてください。何度も何度も繰り返しお参りになってみてください。
必ずや何かが変わって参ります。
大神様は必ずや「心のあざ」を取り除いてくださいます。


お参りを心よりお待ち申し上げております。


今回もご覧くださりありがとうございました。

九頭竜大社の9回まわるお千度については公式ホームページでもご紹介していますので、ご興味のある方はご覧ください。   


Posted by 九頭竜大社  at 08:45Comments(0)

2014年08月18日

先祖に感謝の念を

不安定な天候が続きましたが、皆様方はいかがお過ごしでしょうか?


天候が心配されましたが、京都では先日、五山の送り火が無事に行われました。
先祖の霊を送る五山の送り火の起源は諸説あり定かではないようですが、江戸時代のはじめには庶民にも親しまれるようになっていた記録があるそうです。


九頭竜大社では、お盆の期間は、多くの方々にお参りいただきました。
普段は遠方より信仰をなさる方々が京都に帰省され、家族連れでお参りなる、そういったケースがとても多かったように思います。


九頭竜大社のおみくじの中に、「先祖に感謝の念を忘れぬよう」とございます。
このお言葉は、やはり、お墓参りを怠っていると出ることが多いようですが、それだけにはとどまらないように思います。

家族の仲が上手くいっていないとき、職場等での上司、先人とされる方々への敬いの心を欠いてしまっているときに出ることが多いようです。

一見効率が悪く無駄なように見えてしまうことでも、昔から続いてきていることには、何か意味があることが多いように思います。
先人への敬いの心を欠いてしまっていると、おおにしてその意味を見落としてしまいがちになります。判断の誤りにもつながりかねません。


「先祖に感謝の念を」というテーマで綴らせていただきました。


今回もご覧くださりありがとうございました。



  


Posted by 九頭竜大社  at 08:53Comments(0)

2014年08月11日

すべて意味がある

過去におこったことにはすべて意味があります。
神様は、人生の出来事を通して、何かに気づかせようとなさるのです。


ですから、過去におこったつらい出来事を、ただ「つらい」とだけ捉えるのではなく、そこにはどのような意味があったのだろうか、神様はどのようなことに気づかせようとなさっているのか、真剣に考える必要があるのではないかと思うのです。そして必ず、その意味に気づかなければなりません。


何か物事がうまく運ばない、悩みごとばかりが多い、このような時はたいがい、2つのことが考えられます。


1つめは、「感謝」の心を欠いてしまっている、2つ目は、「自然」に逆らっているのです。


「感謝」の心についてはとてもわかりやすいです。
悩んでおられる方は、この「感謝」の心が足りない状態でいらっしゃることが多いように思います。
そんな考えが周りに通るわけがない、そのようなことで不平不満を作り出し、イライラして悩んでおられることもございます。
開祖は、この「感謝」の心をもっとも大切に考えていたと申し上げても過言ではありません。
悩みが多い、うまくいかない、そのようにお感じのときは、この「感謝」の心を欠いていないか、真剣にお考えになる必要があるのではないかと思います。
私自身過去を振り返って、上手くいかなかった、悩みが多くで仕方がなかった、そんなときはいつも、「感謝」の心を欠いてしまっていたように思えてなりません。


2つめの「自然」に逆らうということ。つまり自分にとって不自然なことをしても、うまくいかないのです。
たとえば、今はさほど運気が高い状態にはないのに、新規のことにどんどん手を出してゆく、これは「不自然」なことです。
ここは頑張らなければならない、踏ん張りどころだ、そんなときに、平常時と同じような動きをしている、あるいは逃げ出してしまう、これは「不自然」です。今は少し休むべきときに無理をして頑張っている、これは「不自然」です。自分自身には向いていないことなのに、いつまでもそのことにこだわり続けてガリガリと頑張り続けている、そしてそれほど成果があがっているようでもない、これは「不自然」です。
このような「自然」に逆らうようなことをしても、上手くいかないのです。
私自身、過去に上手くいかなかったり、体調をくずしたり、そんなときは、必ず、「自然」に逆らった、「不自然」な生き方をしておりました。



開祖大西正治朗は、九頭竜大社の教えの基本を、「感謝」「自然に帰れ」と示しております。



また、本ブログを通し、様々に綴らせていただきたく考えております。



今回もご覧くださりありがとうございました。






  


Posted by 九頭竜大社  at 08:46Comments(0)

2014年08月03日

お札のまつりかた

本日は九頭竜大社のお札のまつりかたについて綴らせていただきます
九頭竜大社のお札のまつりかたは独特で、開祖大西正治朗が示したものです。従って、他の多くの神社様がお示しになっておられるまつりかたとはやや異なる点がございます。その点、予めご了承をいただきますれば幸いです。


九頭竜大社のお札は二種類ございます。
神札(白いお札)と厄除神札(赤いお札)です。


神札(白いお札)は、神棚でおまつりいただくお札です。
可能ならば目線よりも高い位置に、北向き、表鬼門(北東)向き、裏鬼門(南西)向きにだけはならないように注意しておまつりいただきます。
開祖は、九頭竜弁財天大神様のお力が込められた神札を、神棚で丁寧におまつりすることをとても大事に考えました。
また、一般的には複数の神社様のお札を重ねておまつりすることは問題ないとされるのですが、開祖は、九頭竜大社のお札に関しては、他の神社様のお札と重ねておまつりすることは避けるべきとの考えでした。(九頭竜大社の神札と複数のお社のお札を横に並べておまつりすることは基本的に可と考えます)

とは申しましても、今の時代、特に若い方々に、「神札は必ず神棚でまつってください。そうでないと駄目です。」と申し上げるのは、少しハードルが高いような気がいたしております。実際、神社でご参拝の方々と接しておりましても、「神棚はもっていない」とおっしゃる方々のほうが多いです。開祖が存命だったときとは、やはり時代が変わってきていることは否定できないと思います。

とはいえ、神札は、九頭竜弁財天大神様のお力が込められた尊いお札であることは、今も昔も変わりません。決して粗末に扱うようなことがあってはなりません。ですから、今の生活環境上、なかなか神棚でおまつりすることは難しい方でも、神様のお力が込められた尊いお札であることをゆめゆめお忘れにならずに、丁重におまつりいただきたいのです。そしていつのときか、神棚でおまつりいただけるようになっていただければと願う次第です。



厄除神札(赤いお札)について。
厄除神札は、家の表鬼門(北東)、裏鬼門(南西)にあたるところや、勝手口の付近におまつりいただきます。また、少し気がかりになられる場所におまつりいただいても結構です。目線よりも高く、両面テープで壁に貼るなどしておまつりいただければと存じます。

厄除神札に関しましては、「神棚でおまつりすることが望ましい」とか、「このような方角に向けておまつりすべきではない」などというようなことは基本的にはございません。ただ、申し上げるまでもございませんが、厄除神札も、九頭竜弁財天大神様のお力が込められた尊いお札です。決して粗末にはならないように丁重におまつりください。



九頭竜大社のお札は、基本的なルールを守り、「九頭竜弁財天大神様のお力が込められている」ということをお忘れにならずに、丁重におまつりください。必ずや大きなお蔭をいただけるものと存じます。



本日もご覧くださりありがとうございました。


九頭竜大社のお守りについては公式ホームページでもご紹介していますので、ご興味のある方はご覧ください。





  


Posted by 九頭竜大社  at 08:39Comments(0)