京つう

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2014年09月22日

神仏の物差し

人を「違い」でみるのが神仏の物差し
人を「優劣」でみるのが人間の物差し

このようなことがよく言われますが、本当にその通りだと思います。


九頭竜大社では社務所で金魚を飼っています。
もちろんエサをやるわけなのですが、要領よくエサにありつく金魚もいれば、表現はすこし悪いですが、どんくさい金魚もいます。

だからといって私たちは、この金魚は賢くて優れている、この金魚はどんくさいから劣っているなどとはみないのが普通ではないですか?
個性の違いがあっても金魚は金魚なのではないですか?
むしろどんくさい金魚のほうが気になったり、かわいく思えたりしませんか?


すこしたとえがよくなかったかもしれませんが、神仏が私たち人間を見る目もこのようなものではないかと思うのです。


人よりも優れていなければ救われない、人よりも努力をしなければ幸せになれない
そんなことは、絶っっっ対にありません!!!
この部分は強調させていただきたいと思います。


人は今を大切にし、無理をすることなく、自分らしく生きてこそ幸せになれるのだと思います。
周りの人を見ていても、無理にがつがつと努力している人よりも、無理なく自分らしく生きている人のほうが感じがよくありませんか?


無理をすることなく、自分らしく生きる、周りへの感謝の気持ちを忘れない、そんな生き方が『心の器づくり』になり、幸いへの道となるのではないかと思います。


本日もご覧くださりありがとうございました。



Posted by 九頭竜大社  at 08:43 │Comments(0)

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